2011年05月16日

日本製品の品質の高さの秘密とは?

日本製品の品質の高さの秘密とは? -品質管理研究所-


Made in Japan の日本製品は、

なぜ、他国の製品より品質が高いといわれているのでしょうか?


製品を買ってくださるのはお客さんなので、

日本のお客さんの商品に対する品質や安全性に対する要求が、
海外のお客さんよりも高かかったからともいえます。



日本の製品の品質についていえば、
もちろんはじめから高かったわけではありません。

第二次世界大戦敗戦後、
日本の製品も『安かろう、悪かろう』といわれる時代があり、

軍需関連商品の特需により日本経済が復興に向かう頃、
日本製の製品は、故障や不良品が多かったといわれています。

そんな中で品質が向上するきっかけは、
どんなところにあったのか歴史を振り返る必要があります。


戦後、連合国軍司令部(GHQ)が、占領行政を行うにあたり、
日本の通信施設での故障が頻発したことから、通信状況改善のため、

アメリカのウエスタン・エレクトリック社から品質管理の技術者を呼び、
電気通信機器メーカーを対象にして、品質管理の指導をすすめ、
これが日本における品質管理の始まりともいわれています。


この品質管理の考え方が、他の業界にも広がり、
日本の製造現場に浸透していったといわれています。


1950年代には、後に『日本の品質管理の父』とよばれるようになるアメリカの
統計学者のデミング博士が、統計的品質管理について来日講演を行い、

デミング賞(品質の奨励)ができるなど品質管理の基盤づくりがおこなわれ、
その後、日本のQCチームが海外に渡米して、

全社的品質管理TQCの考え方を持ち帰るなど、日本に品質への知識が広がっていきました。

日本品質の持ち帰り


その後、日本的な全社的品質管理の考えを発展させ、
日本的なQCサークル活動といわれる現場での小集団活動(改善)が活発化して、
経営者から現場まで組織全体での問題解決、品質改善の考え方がひろがっていきます。

この全員参加型の品質改善がすすむことで
日本の製品の品質が、高まっていったといえます。


このような世界一の品質とまでいわれるようになった背景には、

日本人が、島国の農耕民族である集団的な特長をもっていたことが
大きく関係しているのではないでしょうか。

農耕民族と日本製品の品質との関係


日本国際教養大学の副学長 グレゴリー・クラーク氏の

日本人の特徴13項目で記載されているように

海外からみた日本人は、

「『群れ意識をもち、命令に従いやすい』、『組織立っていて秩序的』、
『チームワーク意識が強い』『外国のものには開放的』『手作りがすき』 」

という特徴があげられています。

農耕民族と日本製品の品質との関係


戦後、日本人が、海外の品質に対する知識をスポンジのように吸収し、

品質活動を個人ではなく、組織として徹底して実施した

日本人のこのような特質が、
日本の製品の品質の向上に大きく役に立っていたのではないでしょうか。

そして、企業活動を通じて、自社の商品の品質の重要性をまなんだ
多くの社員が、市場において、一消費者となり、
きびしい視点で商品を見定めるようになり、

高い品質の製品が生まれる環境をつくりあげていったことも、
日本製品の品質の高さの一要因になったいたのかもしれません。


今後は、このような気質をもった新たな後進国に、
新たな生産先としての世界からの注目が集まるかもしれませんねひらめき


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posted by かおる at 07:00| Comment(4) | TrackBack(1) | 品質の歴史

2011年01月08日

知られざる日本の品質管理の歴史

知られざる日本の品質管理の歴史
(2011年1月8日)品質管理研究所


今回は、日本における品質管理がどのように発展してきたか振り返ってみます。

戦後、粗悪品が多かった日本製品が、『世界一の高品質の製品』といわれるようになるまでになった日本品質の歴史についてみていきましょう。

日本の品質


【品質管理の歴史】

<1940年代> アメリカ軍が持ってきた『QualityControl(品質管理)』
■1946年
・第二次世界大戦敗戦後、連合国軍司令部(GHQ)が占領行政を行うにあたり、日本の通信施設での故障が頻発したことから、通信状況改善のため、アメリカのウエスタン・エレクトリック社から品質管理の技術者を呼び、電気通信機器メーカーを対象にして、品質管理の指導をすすめた。これが日本における品質管理の始まりといわれ、この品質管理の考え方が、他業界にも広がり、日本の製造現場に浸透していった。

■1949年
・工業標準化法が制定され、日本工業規格(JIS)ができる。


<1950年代>  『安かろう、悪かろう』の日本の製品からの脱却〜QCの導入と普及
第二次世界大戦後の混乱が収束に向かう中で、朝鮮戦争が1950年に勃発し、軍需関連商品の特需により日本経済が復興に向かう頃、雑貨や軽工業品などの輸出が盛んになったが、日本製の製品は、故障や不良品が多く、粗悪品とよばれる時期もあった。当時は、店員が製品の取り扱いを説明しながら、購入する製品に問題がないかを確認して顧客に引き渡すのが一般的であった。

■1950年〜1952年 
・アメリカのデミング(W.E.Deming)博士が3度来日して、統計的品質管理(SQC:Statistical Quality Control)の講演を行い、管理図や抜き取り検査などを含む統計的手法をやさしく指導し、管理のサイクルPDCAの概念を強調した。(デミング博士は、アメリカの統計学者で、のちにデミング博士は『日本の品質管理の父』とよばれるようになる)

■1951年
・デミング博士の講演料の寄付をうけて、日本科学技術連盟によって、品質管理のデミング賞が創設されて、品質管理が普及していく基盤を確立した。(デミング賞は、品質管理の向上や経営品質の効率化に貢献した者に与えられる賞のことです。)

■1954年
・アメリカのジュラン(J.MJuran)はQCとSQCを明確に区別し、製造や検査の範囲に限られていたQCの考え方を経営のほとんどすべての分野に拡大し、その道具として品質管理を位置づけた。

■1958年
・渡米した日本のQCチームが、1950年代後半にファイゲンハウム博士(A.V.Feigenbaum)によって提唱された全社的品質管理TQC(Total Quality Control)を持ち帰った。
・石川馨教授を中心とした品質管理の指導者によって、QCサークルが生み出され、不良の低減と再発防止がすすみ、品質が飛躍的に向上するきっかけになった。


<1960年代> 日本的なTQCの発展
貿易の自由化や開放的な経済体制への移行が急進展する中で競争が加速し、品質管理の対象が広範になり、SQCからTQCへと発展していく。

■1960年
・日本規格協会、日本科学技術連盟、日本商工会議所などにより毎年11月を品質月間と定め、全国的に活動をすすめるようになった。

■1961年
・ファイゲンハウム博士は、『Total Quality Control, Engineering and Manegement』という著書を出した。

■1962年
・日本科学技術連盟にQCサークル本部が設置され、QC活動が推進された。
・石川馨教授のもと『現場とQC』誌が創刊された。難しいと思われていたQCをやさしい形にして現場へ導入した。
・日本電電公社にQCサークルが誕生した。

■1965年
・日本電気(株)が、アメリカのZD運動を導入し、日本的に修正した。


<1970年代> 全社的品質管理(TQC)の時代
1978年の第二次石油危機による問題に対して、経営者から現場まで組織での問題解決が進み、全社的品質管理(TQC)を加速させる企業が増加した。方針管理の重要性が高まり、TQCを支える大きな柱となった。

■1979年
・品質の高い日本の製品が世界的に評価をうけるようになり、日本の品質管理やものづくりそのものに関心が向けられ、アメリカのハーバード大学のE・F・ヴォーゲル教授が『ジャパン・アズ・ナンバーワン』という著書でベストセラーになった。この著書は、日本社会の分析と奇跡的な変貌の理由を追及し、日本をモデルにして、アメリカ人に改革をよびかける内容だった。

<1980年代> 日本のTQCが世界へ『国際化への時代』
日本の製造業が、TQCの強みを生かし、世界をリードするような日本製品を大量に世界へ輸出するようになる。スイスIMD(国際開発経営研究所)の国際競争力ランキングでは、1986年から1993年まで7年間1位になっている。
また、フィッシャーによって始められた実験計画法が、田口玄一博士によって使いやすいように改良されて企業に浸透し、タグチメソッドと名づけられて、日本国内にとどまらず、アメリカやインドなどの海外でも広く活用されるようになった。

■1987年
・品質システムの国際規格であるISO9000シリーズが制定された。良い品質の製品を作り出すことにつながる品質システムについて、第三者の審査機関が審査をすることで、国際的な認められた品質システムとして、どこの国の企業とも取引を行うことが容易になるメリットがあった。
(ISO:International Organization Standardization 国際標準化機構の省略)
・アメリカで、日本のTQCを導入した米国企業が競争力を回復したことから、NIST(米国連邦標準・技術局)が成功企業を分析して、共通項を経営改革、改善のための経営モデルとして、MB(マルコムボトリッジ)賞として、フレームワークを構築した。(日本のデミング賞を参考にして設置された。)


<1990年代> 国際的な品質保証システム導入への時代
■1995年 
・製造物責任法(PL法)が制定され、製造者の過失によらず、製造物に欠陥があったことが証明された場合、被害者が、製造者に対して損害賠償を求めることができるようになった。


<2000年代> 消費者の品質不安の高まり
日本国内で、食品の産地偽装や賞味期限改ざん、期限切れの原料使用、事故米の流用など食の安全性や安心を脅かす事件が多発した。また、石油温風器やガス器具や扇風機などの事故が起こり、企業としての責任がとりただされるようになった。

■2006年
・改正消費生活用製品安全法が施工され、製品事故について、経済産業省への報告を義務化されるようになり、家庭用成員の重大事故への関心がより高まった。


<2010年代> わたしたちが築く未来の品質!

これからの日本の品質のあり方は、私達が、築き上げる項目です。

グローバル化がさらに進展し、海外に活路をもとめてビジネスを展開するなかで、日本的な品質思考を幅広く伝えていかなければならないでしょう。

わたしたちが、世界へ発展させていきましょう。



【参考文献】
【1】品質管理の歴史的展開−日本版TQMを中心に− 鐘亜軍
【2】品質管理の発展の歴史的経緯 − 東條徹男
【3】図解よくわかるこれからの品質管理 P12-P13  山田正美 同文館出版
【4】品質管理の仕事がわかる本 P20-P23  坂田慎一 同文館出版
【5】品質管理がわかる本 P216-P217 佃律志  日本能率協会マネジメントセンター


posted by かおる at 23:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 品質の歴史