TOC(Theory of Constraints:制約条件の理論)とは、
1984年生まれのイスラエル出身の物理学者
エリヤフ・ゴールドラット博士(Dr. Eliyahu M.Goldratt)が
提唱した全体最適化をベースにした優れた思考プロセスです。

『本当に重要なものはなにか?』
それを見極めるために必要な思考をわたし達に教えてくれます。
企業の組織が大きくなると社員も増え、
経理部、生産部、営業部、品質保証部、技術部など
多くの業務が分担され、調整しながら、実務が行われます。
ひとつの部門をとっても、生産部では、各ラインの工程ごとに作業が分担され、
ごく小さな部分的な範囲に責任をもって仕事をするようにどんどん細分化されていきます。
最終的なお客さんにとっては、手元に届くひとつの製品としての価値、
そして、Q(Quality)とC(Cost)とD(Delivery)が必要とされます。
このような現代の組織の分業がもたらした部分最適化を、
全体最適化へと思考をひろげ、
組織としての本来の力をいかに発揮できるかを
あらためて考えることが必要ではないでしょうか。
今回は、この全体最適化を図るTOCの理論を
製造現場の実務でどのようにいかすことができるか、
簡単な活用方法と考え方について、ご紹介します。
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<TOC制約条件の理論>
(1) ボトルネック工程とは?
(2)生産工程のTOC(制約条件の理論)
@ボトルネックの生産性を高める基本な改善方法
A各工程での生産時間に大きなばらつきがある場合の改善方法
(3)ボトルネック工程の実務での見つけ方
@現場の仕掛品はどこにありますか?
A各工程での製品1つあたりの生産時間は?
(4)継続的な改善
(5)改善時の注意ポイントとは?
(6)TOC制約条件の理論を学ぶには?
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製品をつくる一連の製造ラインを俯瞰してみたときに、
どの工程から優先的に改善すれば、最終的な生産数量が増加するでしょうか。
あなたなら、どのように答えますか?
以下で、TOC制約理論をベースにして考えみましょう。
(1)ボトルネック工程とは?
製造業における多くの量産ラインでは、連続した流れ作業の中で、
複数の人員を各工程に配置して生産する方式がとられています。
少ない種類の製品を大量に連続して、安定生産する工場があてはまります。
限られた時間、限られたスペース、限られた設備、そして、限られた人員の中で、
いかに効率的に生産をおこなえば、工場としての生産性が向上するか、
そのヒントが、ボトルネック工程にかくれています。
生産工程上では、『1日の生産量』を制約する生産工程が必ずあります。
その生産数量を制限するような工程を『ボトルネック工程』といいます。

ボトルネックとは、ビンに入った水を逆さまにして出すときに、
水のはいったビンの中の直径よりも、ビンの口の直径が小さく、
水がでる部分が狭くなることで、出る水量が制限される部分のことで、
いわゆる、『制限』や『制約』をもたらす要所を意味するポイントです。
生産工程では、各担当者が、個別の工程ごとに改善を図る個別最適化の考えで、
日常的に生産性改善、品質改善を図ることも大切ですが、
その改善が、はたして1日の生産量にどのような影響を与えているか、
俯瞰的に考えられているでしょうか。
眼前の改善にとどまらず、全体最適の視点から、
ボトルネックを理解し、『最終的な生産性の向上にどれだけ貢献しているか』を
現場の担当者や責任者が全体の工程の一員として、理解することが求められます。
(2)生産工程のTOC(制約条件の理論)
例えば、製品をつくるための、あるひとつの途中の製造工程Xでは、
他の製造工程A、B、C、Y、Zよりも、製品の加工時間が長いとしましょう。
他の前工程A、B、Cでは、作業が終わっているにもかかわらず、
工程Xの前で仕掛品がどんどんたまってしまいます。
工程Xの後の工程Y、Zでは、余裕があり、
最終的な生産量は、工程Xの生産効率に制限されてしまうのです。
他の工程では、工程Xよりも早く仕事がおわるため、
手待ち時間のムダや、余計な仕掛品のムダを発生させてしまうことになります。
このように各生産工程で、1つの製品を加工するために必要な
作業時間などのばらつきによって、
生産全体のバランスがくずれてしまえば、
生産数は、工程Xの生産効率に制約されることになります。
この制約される工程Xこそが改善のポイント『ボトルネック工程』です。
ボトルネック工程の生産性がすなわち、
その製品をつくる工場としての生産効率
そのものになることを認識しなければなりません。
(3)ボトルネック工程の実務での見つけ方
@現場の仕掛品はどこにありますか?
ボトルネック工程の前には、加工待ちの仕掛品がたまります。
生産工程の最初に部材を投入する工程Aで投入数を規制せずに、
制約をもたずに工程Aの加工時間にあわせて、
連続して投入している製造ラインでは、ボトルネック工程が簡単に見えるでしょう。
実務上、取引先さんの工場監査で、生産性改善の視点から、
ボトルネック工程を簡単に見つけるときに注目するのが、工程内の仕掛品の山=宝の山です。
この仕掛品が、投入されるのをまっている次の工程が、
ボトルネック工程になっている可能性が高いのです。
もちろん、一気に複数の製品をまとめて、加工できるような場合にも
適正な量の仕掛品がたまりますが、
多くの場合は、ボトルネック工程を認識しないまま作りすぎており、
ボトルネック工程を十分に改善できていない場合があてはまるでしょう。
問題となっている工程のタクトタイムをきいてみると、
すぐに答えが得られない場合、ボトルネック工程による生産性の低下が
懸念されますので、良い改善ポイントにもなるはずです。
A各工程での製品1つあたりの生産時間は?
生産効率向上のためには、
制約条件となるボトルネック工程Xを改善することが必要です。
生産効率は、製品の1時間あたりの生産数から、下記の式で算出できます。
■ 生産効率[個/時間]=生産数量(良品)[個]/加工時間[時]
生産効率という指標をもとに、工程ごと「独立して」、
1時間あたりで、どれくらいの製品を加工できるかを数値で把握します。
通常の生産でどれくらい生産しているかではなく、どれだけの能力があるかを
確認するため、制約のない状態で生産できる数になります。
■ 各工程の生産効率の分析はこのような形で簡単にグラフにしてみることができます!

この場合のボトルネック工程は、
1時間に8個しか生産できない工程Xとなり、改善の対象となります。
組み立て加工していくような工程では、
ストップウォッチで1個加工するために必要な生産時間を各工程のタクトタイムとして測定し、
逆数にすることで、簡単に生産効率を算出することも可能です。
また、各工程で製品をつくる時間を短い期間で測定すると、
設備の交換・メンテ時間、段取り時間、チョコ停時間等がふくまれないため、
生産にかかわらない無駄な時間が多く発生する場合は、1日、1週間単位など、
大きな生産時間をベースに何個生産できるかを、
より実態に近づくように詳細に分析してみるのもよいでしょう。
製品1個を加工するために、実生産にかけられる時間と
設備段取り時間やメンテナンスにかかる時間などの比率が比較できれば、
生産性のない時間をいかに減らせるかという視点からも、改善のヒントが得られるはずです。
各工程のながれは、QC工程図の順番にしたがって、もれなく分析することが大切ですね。
※QC工程図のつくり方については、こちらの記事をご参考にどうぞ!
・QC工程表の作り方とは?
(3)ボトルネック工程(制約)の改善
このようにひとつの製造ラインを俯瞰的にながめ、
問題を抱えているボトルネック工程Xに目をむけて、
重点的に改善を図ることで、結果に結びつく効率的な改善を図ることができます。
具体的な改善方法について、下記でご紹介します。
@ボトルネックの生産性を高める基本な改善方法
■ 工程Xの生産の4M1E(Man、Machine、Method、Material、Environment)の
3む(むだ、むり、むら)を改善し、生産数量をふやすことで、生産効率をあげる。
・タクトタイムの改善
標準作業方法の見直しと作業者間のばらつき低減より作業性の良い方法や姿勢を考え、
作業者間のばらつきと作業効率を改善し、タクトタイムを改善します。
・治具の活用による作業性の改善
作業をむりなく、むらなく行うために、専用の治具を容易して、効率的に作業できるようにする。
・設備の加工処理能力の改善
品質上影響のない範囲で、加工温度や圧力、温度などのパラメーターを調整し、加工時間を短縮する。
■ 工程Xのむだな時間を削減する
・段取り時間の削減
治具を用意して事前にセットしておき、すぐに加工できるように準備しておく。
・設備のチョコ停時間の削減
設備のエラーや材料補給エラー、大掛かりなメンテナンスが生じないように管理する。
・休憩時間の待ち時間の削減
お昼休憩でもボトルネック工程がストップしないように、休憩を調整する。
このような3ム(むだ、むり、むら)に着目して、
シンプルな生産工程に改善していくことは、製造ばらつき改善にもつながります。
■ Xの工程で発生する品質不良を改善し、生産ロスを低減させる。
・前工程不良の改善
前工程での不良をX工程に流さないように、前工程の製造不良を削減する。
・他の工程加工作業の追加
ボトルネック工程ではない前工程での作業で多く時間をかけて加工することで、
ボトルネック工程Xの品質不良や加工時間を減らすことにつながるボトルネック工程
以外の加工作業をあえてふやす。
・中間検査工程の追加
前工程での不良をX工程に流さないように、余剰時間を活かした中間検査を実施し、
未然に後工程への不良流出を防止し、無駄な加工を防止する。
・X工程での加工不良を分析し、発生頻度の多い品質不良項目を中心に重点的に削減する。
(パレートの法則による重点指向で改善することがおすすめです。)
A各工程での生産時間に大きなばらつきがある場合の改善方法
■ 余剰資源の活用
・既存の余剰人員(Man)や余剰設備(Machine)を活かし、工程を2重化、3重化・・・として、
生産能力を上げる。新規投資や外注先への業務委託の場合は、販売面での需要動向を
反映した費用対効果の判断軸も必要になりますので注意が必要ですね。
■ 工程の集約
・他の複数の工程AやB・・をまとめて、人員を削減し、他の工程の生産時間を
Xの工程に近づけ、余剰人員を別の生産性のある業務へ転換する。
■ 工程の分離
・Xの工程が分離して作業できる場合は、X1やX2・・・のように複数の工程に分離し、
他の工程の生産時間により近づける。
(4)継続的な改善
ボトルネック工程は、全体工程の中で常に一定ではなく、特定の工程Xの改善を図ることで、
他の製造工程の作業時間が、より大きくなることもあるでしょう。
そうなれば、ボトルネック工程はXではなく、他のY工程ということになります。
次の改善対象をY工程、Z工程というように、
どんどん繰りかえし、改善対象を変化させていくことが継続的な改善といえます。

(5)改善時の注意ポイントとは?
制約条件にもとづき、改善を図る上で、工程Xの重点的な改善のときに、
他の工程の作業効率の改善はやらなくてよいでしょうか。
短期的な効率性の改善だけに着目した場合は、
もちろんボトルネック工程Xだけに的を絞り、重点的に改善すれば、
目に見える効果があがるでしょう。
チームをつくり、効率を改善する場合には、
このボトルネック工程から先手を打つことが求められます。
ただし、より中長期的な効率性の改善を図ることや
個々の作業者の改善意識を高めるために、
次に重要なボトルネック工程や工程Xの前後の工程の品質不良の問題を放置したり、
現場での個別の改善を否定するものではないことも十分認識しておく必要があります。
工程X→工程Y→工程Zというようにボトルネック工程がうつったときに、
X工程の改善と同時にY工程やZ工程の改善も実施していれば、
より改善がスムーズにすすみます。
工程Xの前工程Wでの不良がX工程に流れて、
不良品を加工してしまえば、工程Xでのロスが発生し、
ボトルネック工程での生産効率も低下してしまうことになりますので、
個別改善の視点もお忘れなく!
(6)TOC制約条件の理論を学ぶには?
物理学者エリヤフ・ゴールドラット博士のTOC理論は、
『ザ・ゴール ― 企業の究極の目的とは何か
(三本木亮訳、ダイヤモンド社、2001年)という本で、全米のベストセラーになっています。
日本人は部分最適化の改善においては、世界に誇れる力をもっており、
『ザ・ゴール』にかかれた全体最適化の手法を教えてしまうと、
世界経済への影響まで、懸念されることから、著者の意向で、
これまで日本での翻訳出版が許可されなかったという紹介まで本に記載されています。
『ザ・ゴール』では、製造現場に働く人ならば、すぐに理解できる物語風の内容で、
現場の改善がわかりやすく紹介されていますので、
TOCの理論を詳しく学びたい方は、ぜひ、読んで頂きたい一冊ですね。
実務では、生産管理の制約にとどまらず、製品の販売面での需要で制約されて、
生産の稼働率が低下している場合には、工場内の生産性改善だけでなく、
販売数量UPというところにまで、範囲を広げていくことが企業経営での全体最適化になります。
鳥のように空高くから、俯瞰的に仕事をみることについて、
ヒントになれば、うれしく思います。
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